名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)199号 判決 1998年8月07日
原告
甲野一郎(仮名)
被告
乙山太郎(仮名)
主文
一 被告は原告に対し金二九七四万七二五〇円及びこれに対する平成三年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金五一四三万一三三二円及びこれに対する平成三年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告の故意による交通事故によって運転する自動車から振り落とされ傷害を負ったとして、原告の被った損害について、原告が被告に対して民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実等
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 発生日時 平成三年六月一三日午前二時ころ
(二) 発生場所 愛知県津島市大字津島字新開二七二番地の二垣見太郎方南側道路上(以下「第一地点」という。)付近
(三) 関係車両 普通乗用自動車(名古屋七〇ろ一一九八)
(以下「被告車両」という。)
運転者 被告
(四) 受傷者 原告
(五) 本件事故直前 原告が第一地点において被告車両のボンの状況 ネットに乗り、被告が右状態のまま被告車両を発進させた。
2 原告の受傷等
(一) 原告は、本件事故により、急性頭蓋内血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性クモ膜下出血の傷害を負った(甲三の1、九の1)。
(二) 原告は右傷害の治療のため、以下のとおり入、通院し、治療を受けた。
(1) 彦坂外科(甲六)
入院 平成三年六月一三日から同月一四日
入院日数 二日
(2) 津島市民病院(甲八の1、九の2)
入院 平成三年六月一四日から同年七月五日
入院日数 二二日
通院 平成三年七月六日から平成五年二月九日
実通院日数 一六一日
(三) 原告は、本件事故に基づき、症候性てんかん、左不全片麻痺、左半身知覚障害(特に左手において痛覚の消失)、嗅覚脱失、味覚障害、耳鳴り持続の後遺症が残り、平成五年二月九日、症状が固定した(甲九の1、2、一二、一六、一七)。
二 争点
1 本件事故の態様
(原告の主張)
本件は被告の故意による事故である。すなわち被告は、原告が被告車両のボンネットに乗っていることを知りながら、あえてこれを振り落とそうと被告車両を左右に蛇行運転をし、このため原告は、被告車両から振り落とされ本件傷害を負うに至った。
(被告の主張)
本件は、原告の一方的な過失により発生した事故である。すなわち、原告は、自ら被告車両のボンネットに乗り、その後被告がしばらく走行し、停止した後、自ら被告車両から路面に降り、そのころ誤って転倒し、路面に頭部等をぶつけて本件傷害を負うに至ったものである。
2 過失相殺
3 原告の傷害の内容、程度、損害額
第三争点に対する判断
一 争点1、2について
前記争いのない事実等、証拠(甲一、四の1ないし4、五の1ないし3、乙二、三、証人丙川花子(仮名)(第一、二回)、原告本人(第一回)、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 訴外丙川花子(以下「訴外丙川」という。)は、愛知県津島市でスナック「花車」(以下「本件スナック」という。)を自営している。
訴外丙川は、現在名鉄病院に入院中の男性の妻であり、かつて被告と情交関係があったが、本件事故当時(及び現在も)原告のいわゆる内縁の妻となっていた。
2 訴外丙川は、右のとおり原告と内縁関係にあったが、原告から暴力をふるわれる等原告との仲が円満を欠いたことから、平成三年六月ころ被告に対し、原告との関係等を相談したことがあった。なお被告は、そのころしばしば本件スナックに客として来ていた。
これに対し原告は、訴外丙川が原告に無断で被告に諸般の相談をすることに不快感を抱き、被告が訴外丙川に対し復縁を迫っているのではないかと嫉妬することがあった。
3 原告が、平成三年六月一三日午前二時ころ、本件スナックの従業員等を帰宅のため送った後、本件スナックに戻ったところ、訴外丙川が不在であり、原告は本件スナック周辺を探した。
4 原告は、本件スナックの北東約一〇〇メートルの地点である第一地点で、被告と訴外丙川が、停止している被告車両に同乗しているのを発見した。
そして原告は、被告が訴外丙川に対し復縁を迫る話をしているのではないかと思い、被告と訴外丙川に対し被告車両から降りるよう促したが、被告は、被告車両のドアをロック状態にした上、下車の態度を示さず、かえって被告車両を発進させる気配を示したことから、原告は、被告車両の前部ボンネット上に腹ばいになって乗車し被告が被告車両を発進させるのを阻止しようとした。
5 しかし、被告が被告車両を発進させ本件スナック所在地方向に蛇行運転をしながら進行させたことから、原告は恐怖を感じ「殺される」等叫ぶに至った。
6 被告は、このまま原告をボンネット上に乗せたまま進行し、原告が前記のような言葉を大声で発すると、近隣に居住する被告の上司等に聞こえ、いずれ被告が叱責を受けるおそれがあること等を考え、本件スナック所在地付近(以下「第二地点」という。)で被告車両を停車させ、訴外丙川を下車させると共に原告に対し、ボンネットから降りるよう促した。
7 しかし原告がなおもボンネットから降りないことから、被告は再度被告車両を発進させ、南の方向に進行させた。
8 そして被告は、愛知県津島市大字津島字新開四六五番地の一坪井室内装飾西側道路上(以下「第三地点」という。)で被告車両から原告を振り落とし逃走した。
被告は、被告が被告車両を蛇行運転したことはないこと、本件は、原告の一方的な過失により発生した事故であること、原告が、自ら被告車両のボンネットに乗り、その後被告がしばらく走行、停止した後、自ら被告車両から路面に降り、そのころ誤って転倒し、路面に頭部等をぶつけて本件傷害を負うに至ったこと等を主張し、これに沿う供述をする。しかし、前掲証拠によると、原告は第一地点から第二地点に至る間にボンネット上で「殺される」等叫んだこと(右の事実は被告も認めている。)、また、訴外丙川は被告車両乗車中、被告車両が蛇行状態にあることを感じたことが認められ、これらによると、少なくとも被告が第一地点から第二地点に至る間蛇行運転をしたことは明らかといわねばならない。
これに対し、第二地点以降の運転状況については、前掲証拠によると、訴外丙川は被告車両を直接見てはいなかったこと、原告は必死に被告車両にしがみついており被告がどのように運転しているか記憶がなかったことが認められる。しかし、他方証拠(甲二の2、三の2)によると、原告は平成三年六月一四日津島市民病院に転院したが、その際医師に対し、頭部を打った理由につき原告に事情があるとしてその詳細な経緯を説明することをはばかった事実が認められる。仮に被告主張のとおり、本件が原告の一方的な転倒であったならば、その旨をそのまま医師に申告したものと思われ、右のような発言をしたのは、事故の態様につき詳細に申告すると被告に刑事責任が及び事態が大きくなることをおそれたものと認められる。そして、前記のとおり被告が第一地点から第二地点に至る間蛇行運転をしたことをも併せ考慮するならば、被告は第三地点付近においても蛇行運転をし、前記認定のとおり原告を被告車両から振り落としたものと認めるのが相当である。前記被告の供述は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
なお証拠(甲二の63)によると、原告又は原告に付き添っていた訴外丙川が津島市民病院において看護婦に対し歩行中転倒し、歩道の石で受傷した等述べたとの記録があることが認められる(なお証拠(甲二の2)は単に「転倒(?)」と、同(乙一の2)も「歩道の石で頭頂部をstoBenした」と記載してあるのみで、いずれもその理由の記載はないから、必ずしも決定的な記載とはいえない。また同(甲六)には「本人によればころんで打った」との記載とこれを抹消した記載があるが、作成した証人彦坂行男の証言によるとどのような経緯で右文言及び抹消の記載をしたか判然としないとのことであり、同様に決定的な記載とはいえない。)が、原告は前記のような重傷を負い、生死を争う事態であったのであるから、真実右態様で受傷したのであったならば終始そのとおり述べるはずであり、前記のとおりこれと矛盾する申告をした事実が認められる以上、直ちに前記認定を覆すものとはいえず、また、他に被告の主張する事情も前記認定を覆すものとはいえない。
ところで、前記認定の事実によれば、原告もあえて被告車両のボンネットに乗る等の行為に及ばなければ本件に至らなかったことが認められる。そして、確かに被告車両から原告を振り落とそうとした被告に本件事故の主たる原因があるとはいえ、原告も、右のような危険が十分予知できたにもかかわらずあえて被告車両のボンネットに乗ったこと、しかも、被告が当初から原告に対し降りるよう警告をし、その後一旦被告車両を停止させボンネットから降りることを再度促したにもかかわらず、なおこれから降りることなく、本件事故に至ったこと、その意味で原告にも、このような危険なボンネット乗車をし、これを継続した不注意があり、右が本件を招いたことが認められる。このような経緯を考慮すると本件については原告にも過失があると認められ、しかも前記によると、被告が前記のような運転をするに至った原因は、訴外丙川といずれも情交関係にあった原告、被告の感情のもつれ、原告の嫉妬心を背景にするものであることが認められることも考慮するならば、原告に生じた後記損害中四割については、過失相殺及び公平の見地から被告はその責を負わないと解するのが相当である。
二 争点3について
1 治療費(請求額六五万一三四一円のうち六四万八三四一円) 六五万一三四一円
証拠(甲七の1、2、八の1ないし31)によると、原告は本件事故による前記各傷害の治療のため、前記医療機関に対し、治療費及び文書料として合計六五万一三四一円を支払ったことが認められる。
2 付添看護料(請求額一二万六五〇〇円) 〇円
付添看護が必要であったと認めるに足りる証拠はない(なお甲三の23)。
3 入院雑費(請求額二万九九〇〇円) 二万七六〇〇円
前記のとおり入院日数は合計二三日(重複日を除く。)であるが、弁論の全趣旨によれば入院雑費として一日当たり一二〇〇円を要したことが認められ、その合計は頭書金額となる。
4 休業損害(請求額七三九万七四四二円のうち三五三万七九〇七円) 七一一万四八〇〇円
(一) 原告は、本件事故により、事故日である平成三年六月一三日から症状固定日の平成五年二月九日までの間稼働できなかったこと、原告の本件事故前の収入は平成三年(平成四年版)賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・全年齢男子労働者平均賃金五三三万六一〇〇円より多かったこと、したがって本件事故により右期間につき右平均賃金の割合相当額の休業損害を被った旨を主張する。
(二) 証拠(甲一〇の1ないし106、一一の1ないし90、一三ないし一五、原告本人(第二回))及び弁論の全趣旨によると、原告は本件事故当時鉄骨業を自営していたこと、原告は確定申告をしていなかったが、右業務による売上げは平成元年が二二九五万余円、平成二年が二〇五六万余円であったこと、従業員を雇っていたが常用の者に対しては年間約三〇〇万円の給与を支払ったことが認められる。そしてこれらの事実、特に原告の従業員に対しても前記給与を支払っていた事実を考慮すると、原告は本件事故前少なくとも原告主張の前記平均賃金相当額の収入があったものと認めることができる(なお証拠(原告本人(第二回))によると原告は本件事故時四九歳であったことが認められるところ、前記賃金センサスの四五歳~四九歳男子労働者平均賃金は六八六万一七〇〇円である。)。
しかし証拠(甲八の1)によると、原告の通院日数は、本件事故からほぼ一〇か月を経過した平成四年四月以降は一か月当たり一〇日を超えない日数となっていることが認められる。
これらの事情を考慮すると、本件事故による原告の休業損害については、前記平均賃金を基本に、事故後一年間については全日分、その後八か月間については二分の一相当を認めるのが相当である。
(三) 右によって休業損害を算出すると頭書金額となる。
5,336,100+5,336,100×(8÷12)×(1÷2)=7,114,800
5 入通院慰謝料(請求額一八〇万円) 一七〇万円
本件傷害の部位・程度、前記治療の経緯・期間等に照らせば、入通院慰謝料は頭書金額が相当である。
6 後遺障害逸失利益(請求額三六〇八万八六八四円) 三一二八万五〇〇九円
(一) 前記争いのない事実等、証拠(甲九の1、2、一二、一六、一七、証人奥村輝文、原告本人(第二回))及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成五年二月九日(当時五〇歳)症状が固定したが、前記のとおり症候性てんかん、左不全片麻痺、左半身知覚障害(特に左手において痛覚の消失)、嗅覚脱失、味覚障害、耳鳴り持続等の後遺障害が残ったこと、原告の右後遺障害につき身体障害者福祉法に基づき四級相当と認定されたこと、津島市民病院の医師は原告の右後遺障害のうち特に左不全片麻痺は自動車損害賠償保障法施行令別表七級四号(「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」)に該当し、嗅覚脱失は同表一二級が準用されると判断していること、原告は自らの後遺障害が全体として前記別表七級に該当すると主張していること、本件事故後原告の前記鉄骨業の年収が減少したことが認められる。
本件にあっては、鑑定等の手続はされておらず、原告の労働能力喪失割合につき厳密な認定は困難であるが、前記のような医師の判断、現実の売上げの減少、他方、原告の加齢等による一般的な労働能力の低下等の事実を考慮すると、原告は本件事故による前記後遺障害により、就労が可能な六七歳までの期間中症状固定後七年間は少なくとも五六パーセントの割合の、その後の一〇年間は少なくとも四五パーセントの割合の労働能力を喪失したものと認められる。
(二) そこで、前記平均賃金に基づき、これに就労可能期間中七年間につき年五パーセントの新ホフマン係数五・六三六三(本件事故は平成三年六月一三日発生し、症状固定となったのは平成五年二月であるから、新ホフマン係数については八年の係数から一年の係数を減ずる。)を乗じ、労働能力喪失率五六パーセントを乗ずると右期間中の原告の後遺障害による逸失利益は一六八四万二四八一円となる。
5,336,100×5.6363×0.56=16,842,481
またその後の一〇年間につき同様に新ホフマン係数六・〇一四六(同様に一八年の係数から八年の係数を減ずる。)を乗じ、労働能力喪失率四五パーセントを乗ずると右期間中の原告の後遺障害による逸失利益は一四四四万二五二八円となる。
5,336,100×6.0146×0.45=14,442,528
以上の合計は頭書金額となる。
7 後遺障害慰謝料(請求額九二〇万円) 八八〇万円
本件後遺障害の部位・程度に鑑みれば、頭書金額が相当である。
8 合計(請求額五五二九万三八六七円のうち五一四三万一三三二円) 四九五七万八七五〇円
以上の合計は頭書金額となる。
三 以上によれば、原告の損害は、四九五七万八七五〇円であるが、前記のとおり過失相殺及び公平の見地からそのうち四割を減ずるのが相当であり、これによると原告の損害額は二九七四万七二五〇円となる。
49,578,750×(1-0.4)=29,747,250
四 よって、原告の本訴請求は右合計金額二九七四万七二五〇円及びこれに対する本件事故日以降である平成三年六月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功)